失敗を許す文化 − #3

(今日のテーマは“失敗を許す”事とは内容が若干異なりますが、読んでいただけたら分かるとおり、コインの両側の関係にあると思いますのでこのタイトルで記述しました。)


最近Cisco Systems, Incでテレビ会議システムの新規開発プロジェクトの責任者と話したところ、若い有能な技術者を2,3人追加することを必要としている状況だが、来て欲しいと思うような若者はCiscoなどには目もくれず、皆ベンチャー企業に行ってしまって、採用に難渋していると聞きました。彼らがどうして最近業績が好調で株価も上昇している大企業Ciscoではなく、敢えてリスキーなベンチャー企業を指向するのか? ここにシリコンバレーの強さの大きな理由を探るポイントがあるように思われます。


この件に関連して、10年ほど前、帰国間近かな日本人の若者が残した言葉を思い出しました。“道路に例えれば、米国社会は右に左に走行自由な4車線の高速道路であるのに対し、日本はせいぜい2車線でしかも車線間に変更を邪魔する障壁がある。”というものでした。
情報に極めてオープンな米国と閉鎖的な日本を考えると、私はそれに加え、米国ではカリフォルニアの見通しの楽な好天の中を運転するのに対し、日本では霧のかかった道路を用心深く不安に駆られながら走らなければならないと言いたいのです。


両社会の状況を考えると、米国では若く才能の有る人材はリスクを取り果敢に挑戦していけるが、日本では可能性を秘めた余りにも若い時期から安定志向が強すぎるのではないでしょうか?そしてこの現象はそれぞれの社会システムに深く根ざしているのではないでしょうか? 


インターネット全盛の世の中になって、日本も少しずつ変わってきているようですが、その変化のスピードには歯がゆさを感じずにはいられません。 

 
この様な問題を解決するにはどうしたらよいのでしょうか?
やはり100年の大計をもって、教育を根底から変えてゆくことが必要なのではないでしょうか?