失敗を許す文化

失敗を許す文化は米国にはあります。


日本にいて、日本のマスコミだけの情報で米国のイメージを作るとたいていの人が、米国は弱肉強食のおっかない国だというイメージを持つのではないでしょうか?

 
私も、もうかれこれ30年も前、米国に留学する前はそういう偏見を持っていました。しかし今では、100%そうだとは言いませんが、米国の社会は基本的に弱者に優しく、強者に厳しいところが多分にあると思うようになりました。米国に留学経験のある方々にはご理解いただけると思いますが、日本は反対に強者に優しく弱者に厳しい面が多くあるのではないかと思います。


基本的にベンチャー経営者は弱者ですから、どちらがやりやすいかは明白です。10年前JAFCO Americaの社長であった時、「Slate」というPen Computer Softの会社に$2MM投資いたしました。しかしこの会社は6ヶ月で倒産いたしました。
その会社の#1は、今同じSlateと言うMicrosoftの機関紙を発行している会社の#1です。#2は、今UC BerkeleyのBusiness Schoolの教授としてベンチャー経営論を教えています。#1が倒産した数ケ月後に、新しいベンチャーの資金募集に私を訪ねて来た時は、さすがに私も唖然といたしました。 


いつもそうだとは言いませんが、このSlateの件では、その倒産で損をしたのは、我々を含めた投資家で、彼らはこの失敗を又一つの勲章にしたということです。私も日本人ですから、釈然としないところもありますが、日本のベンチャーの経営者が失敗すると、個人補償の点から離婚に追い込まれたり、夜逃げをせざるを得なくなること等に比べるとまことに恵まれているといえるでしょう。


日本も、米国を真似て、ベンチャー投資に関する税金を改革しようという動きがあります。
これはこれで歓迎すべきことですが、気を付けて見ていると、個人補償(米国ではめったに受けません。)や債権の他人への譲渡等から生起する問題からの個人の保護というもっと根源的な問題は、改革をしようと言う声はあまり聞こえてきません。
もっともこのような改革をしようとすると、日本文化の否定になりかねないのでしょうか?